鵜山仁、1分間インタビュー動画「シェイクスピアの面白さ」

シェイクスピアの歴史劇シリーズ『ヘンリー四世』二部作の演出を担当する鵜山仁に「シェイクスピア」を聞きました。400年経っても色あせないシェイクスピアの面白さとは?

 

 

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シェイクスピア、その多様性と深さ オペラ、バレエ、演劇で考察する!

生涯に37を超す戯曲を書き、4世紀にわたってさまざまな形態での上演が世界中で行われてきたウィリアム・シェイクスピア(1564-1616年)は、演劇もオペラもバレエも、ジャンルの壁を超えて自在に楽しめるようになるための、最大の鍵である。ではなぜこれほどまでに、シェイクスピアは魅惑的なのだろうか?

 

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鵜山仁

「それは、いろんな人間が出てくるからですね。いろんな人間の声が聞けて、いろんな表情が見える。生命体が生き残っていくために重要なのは、「多様性」なんだそうです。そういった意味でも、異なったものの見方、考え方、異なる体質がぶつかり合うことが、人間のエネルギーの源泉なんじゃないか。それを舞台上でコンパクトに表現しているのがシェイクスピアなんじゃないでしょうか。いい奴も悪い奴も、きれいなことも汚いことも、ごった煮になっている面白さ」
新国立劇場・演劇『ヘンリー四世』二部作の演出を担当する鵜山仁は、そう語る。こうしたシェイクスピアの歴史劇は、「ごった煮」の世界観がある意味一番出ているのだという。ちなみにこの劇には、ヴェルディのオペラ『ファルスタッフ』の原型となった登場人物フォールスタッフ(鵜山によれば、「蓮の下の泥のような」善悪を超えた存在)が登場する。オペラ・ファンならぜひとも観ておきたい作品でもあるのだ。今回の『 ヘンリー四世』ではシェイクスピアと同時代に活躍した作曲家ウィリアム・バードの楽曲をはじめ、多様な様式の英国の音楽が使われるというのも楽しみだ。

オペラの世界にもシェイクスピアは巨大な影響を与えているが、なかでも彼を芸術上の「お父さん」と呼んで憚らなかったのが、『マクベス』『オテロ』『ファルスタッフ』をオペラ化した、イタリアの大作曲家ヴェルディである。

 

新国立劇場・オペラ『オテロ』の演出家マリオ・マルトーネは、演劇や映画の分野でも活躍する人だが、2009 年の初演時にこう述べている。

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マリオ・マルトーネ

「芝居畑の人間から見ると、コンチェルタート(ソリスト陣と合唱団との大アンサンブル)とは、普通のお芝居では得られぬ“ 好機” です。(中略)たくさんの人々が様々な内容を同時に喋っている姿を演出するのは、まさに演出家冥利に尽きることです」

 

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ジョナサン・ミラー

ヴェルディのオペラではこうした声の多層性が大きな特徴となっているが、それはシェイクスピア的な劇空間の特徴でもある。2004 年に新国立劇場・オペラ『ファルスタッフ』を演出したジョナサン・ミラーは、その演出ノートにおいて、共同体の掟を破った個人に対して向けられる嘲りやいやがらせという「社会的しきたり」について注意を促している。はみ出し者と社会との関係、民衆の生活が描かれたという点でも、シェイクスピアとヴェルディは深いところで結びついているのだ。

 

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「ロメオとジュリエット」小野絢子・福岡雄大

最後に、10 月末から11 月初旬にかけての新国立劇場でのバレエ『ロメオとジュリエット』(マクミラン振付)の稽古を見学しての印象をここに記させていただくなら、あれは声なき声が聞こえるバレエ、言葉のない演劇そのものだという実感であった。決してただの踊りではない。すべての所作の背景に台詞が感じられるのだ。
その背景となっているプロコフィエフの音楽について、今は亡き傑出したオペラ指揮者アバドが「洗練された世界と世俗的な世界、皮肉を含んだ悲劇、そうしたものが織り合わされてできたような対照的な諸相」と述べていたことを紹介しておきたい。とりわけ「皮肉を含んだ悲劇」という指摘は、多くのバレエ・ファン、演劇ファンが膝を打つところではないだろうか?
さまざまなジャンルからぜひ、多角的にシェイクスピアを楽しんでみたい。

 

文:林田直樹(はやしだ・なおき)
音楽ジャーナリスト・評論家。音楽之友社で楽譜・書籍・月刊誌「音楽の友」「レコード芸術」の編集を経て独立。オペラ、バレエから現代音楽やクロスオーバーまで、幅広い分野で取材・著述活動を行う。月刊誌「サライ」(小学館)に「今月の3 枚」を連載中。インターネットラジオ「カフェフィガロ」パーソナリティ、「OTTAVA」プレゼンター。

 

振付のケネス・マクミランをもっと深く知るために

ケネス・マクミラン

~観客が登場人物の運命に没頭してしまうようなバレエを創りたい。~マクミラン・インタビュー《ケネス・マクミラン公式サイト》より

 

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全3 幕13 場の『ロメオとジュリエット』はマクミランが振り付けた初めての全幕バレエで、1965 年2月に英国ロイヤル・バレエにて当時の大スター、マーゴ・フォンテインとルドルフ・ヌレエフ主演で初演された。ガラ公演として上演され、初日のカーテンコールが43回40分に及ぶというセンセーショナルな成功を収める。時にマクミラン、35 歳のことであった。

マクミランは英国ロイヤル・バレエの礎を築いたニネット・ド・ヴァロワ、フレデリック・アシュトンに続く第二世代として知られる。マクミランはそれまでのバレエの表現に飽きたらず、リアリティや登場人物たちの感情が存分に表現されるようなバレエを創ろうとしていた。1940 ~1950 年代には彼は英国のバレエより初期のローラン・プティ振付作品などフランスのバレエ、アメリカのジェローム・ロビンス作品や英国演劇のジョン・オズボーンの舞台に傾倒した。特にオズボーンを賞賛し、社会現象にまでなった『怒りをこめてふり返れ』の感情表現に深い感銘を受けている。

~チューダーと私の大きな違いは、彼は常に感情を押し殺す。とても英国的だ。それに対し、私のバレエは登場人物の感情は動きで全て外に向かって表現される。だから観客は私のバレエを見ると居心地が悪いだろうと思う。~マクミラン・インタビュー《ケネス・マクミラン公式サイト》より

 

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このバレエ『ロメオとジュリエット』は原作のシェイクスピア戯曲からはもちろんだが、15 世紀イタリアの絵画や建築からもインスピレーションを得ている。同様に1960 年英国演劇の頂点だったオールド・ヴィック劇場でフランコ・ゼッフィレッリが演出し、当時25 歳だったジュディ・デンチがジュリエットを演じたシェイクスピア劇『ロミオとジュリエット』からも大きなインスピレーションを得ている。ゼッフィレッリが初めてプロとして演出したシェイクスピア演劇作品で、これまでの伝統を覆した演出─リアリティを追求した─で賛否両論を巻き起こしていた。

かくしてこのマクミランのバレエ『ロメオとジュリエット』では、不幸な星の下に生まれた若い恋人たちの感情が、ダンサーの身体を通して余すところなく雄弁かつ繊細に語られる作品となった。

また、それまでのバレエでは表現されることが少なかった苦悩、怒り、憎しみといった負の感情、死なども美化されることも隠されることもなく描かれている。それ故、リアルでドラマティックなマクミランのこのバレエは今なお見る者の魂を深く揺さぶるのだ。

 

参考文献:ケネス・マクミラン公式サイト、『ゼッフィレッリ自伝』(創元ライブラリ)

 

「シェイクスピアと私」について! 浦井健治、小野絢子、米沢唯が語る

浦井健治(新国立劇場演劇「ヘンリー六世」主演)

Q.もし目の前にシェイクスピアがいたら?

「シェイクスピアさんの声がどんな声だったのか聞いてみたいです」

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浦井健治

今回『ヘンリー四世』で僕が演じる皇太子ヘンリーは、以前やったヘンリー六世と同じ血が流れているとは思えないほど、まったく異なる人物。王になっていく成長過程でずっと葛藤していて、善悪ではないフラストレーションがあるんです。フォールスタッフから感じる人間の熱気も善悪から出るエネルギーではなく、人間との交わりで輝くエネルギー。皇太子ヘンリーも無意識のうちに学んでいると感じます。『ヘンリー六世』からの7年の蓄積を活かし、がんばります!

 

浦井健治一分間インタビュー「シェイクスピア」

 

小野絢子(新国立劇場バレエ団プリンシパル)

Q.もし目の前にシェイクスピアがいたら?

「絶望しかないジュリエットに、せめて、何か救いを!」

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小野絢子

シェイクスピアほど人間を深く掘り下げた人はいないんじゃないでしょうか。たとえば『ヴェニスの商人』のポーシャだったら、みんなは気づいていないけど、実は賢い女性だとわかったり、人間のあらゆる面をみせてくれるところがすごい。それと『お気に召すまま』の「この世はすべて舞台で、男も女もその役者に過ぎない」という台詞も奥が深いですよね。人生の主役は自分で、生きていること自体が演じていることという含みも感じます。

 

小野絢子「シェイクスピア」インタビュー動画

 

米沢 唯(新国立劇場バレエ団プリンシパル)

Q.もし目の前にシェイクスピアがいたら?

「この時代に作品を書くなら、どんな作品を書きますか?」

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米沢 唯

バレエでシェイクスピア作品を演じるということは、あの戯曲の素晴らしい「ことば」に頼れないということです。言葉になる前の感情をどう表現するか。数百年経っても変わらない、人間の根源的な「悲しみ」と、この世の幸せ不幸せの賑々しさを、踊れたらなと思います。

 

バレエ団・米沢唯「シェイクスピア」インタビュー動画

 

翻訳家・演劇評論家松岡和子さんがお薦めのシェイクスピア関連本3冊

1 「シェイクスピアの正体」 河合祥一郎著 [新潮文庫]osusume1

堅苦しくなく、お勉強というわけでもなく、でも必要最小限の情報も入っていて、おもしろく読めます。シェイクスピアには別人説がいろいろありますが、それらがすべて網羅されていて、どういう人がどんな理由で、あるいは、実はこの人が戯曲を書いて、シェイクスピアは名前だけだったとか……。でも最終的には残念! みんな違うんです。やっぱりストラトフォード生まれの役者シェイクスピアが、作者シェイクスピアだというところに落ち着くわけですが、そのあたりが興味津々、シェイスピアがどういう人だったか、よくわかります。

 

2 「シェイクスピアはわれらの同時代人」 ヤン・コット著 蜂谷昭雄・喜志哲雄訳[白水社]

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ポーランドの学者が著した、この本ほど現代の世界中のシェイクスピア上演に影響を与えた本はないと思います。日本語版初版は1968 年ですが、序文に「英語ならぬシェイクスピアは必ずまず演劇であって、然るのちにやっとテキストになる。ポーランド語で語り、イタリア語で語り、また日本語で語る。英語ならぬシェイクスピアは国民劇となる」、つまり、どんな顔や衣裳であろうと日本語でしゃべれば“ 日本の演劇” になっちゃうということです。私がシェイクスピアを訳し始めて23 年、いま自分でようやく到達した認識がこれなんです。

 

3 「深読みシェイクスピア」 松岡和子著[新潮文庫]

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これまで32本のシェイクスピア戯曲を翻訳してきましたが、翻訳者として、ちょっと取り柄があるかなというのは、稽古場に日参し、役者さんとのやりとりを通し、また、演出家のリクエストに応えるとか、私自身が現場で気づく……、そういうプロセスを体験できているということだと思うんです。稽古場でこそ戯曲の翻訳は完成するという、その証明みたいな本です。書斎で訳しているだけでは気づかなかったことを、俳優さんや演出家が教えてくれる、そんな現場の声を通した深い読み方を読者と共有できれば嬉しいと思います。(松岡和子)

 

こんなところにもシェイクスピア!耳で聴くシェイクスピア

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バロック初期から近現代まで4世紀、16人以上もの作曲家たちによるシェイクスピア歌曲集。文豪自身が書いた劇中歌の英語の響きを、音楽とともに楽しめる。注目すべきは、「With a hey, and a ho, and a hey nonino」といった擬態語・擬声語のリズムが多くあることで、それ自体ユーモラスな、謎めいた、呪文のような効果を上げている。英国の名テノール、イアン・ボストリッジの生き生きとした、透明で柔らかい歌に加え、ロイヤル・オペラ音楽監督として活躍するアントニオ・パッパーノのピアノも劇的で雄弁。(林田直樹)